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東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)32号 判決 1960年3月15日

原告 日輪ゴム工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三十一年抗告審判第二、四三五号事件について昭和三十三年七月十五日にした審決を取り消すす。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨及び原因

原告訴訟代理人は、主文通りの判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告は、昭和三十年十一月十一日に、別紙図面に示す通りの「車輛ブレーキ管及びハイドリツク用油圧管の形状、模様及び色彩の結合」の意匠につき、第二〇類車輪ブレーキ管及びハイドリツク用油圧管を意匠を現わすべき物品として、意匠登録の出願(昭和三十年意匠登録願第一一、九八二号)をしたところ、昭和三十一年九月二十九日に拒絶査定を受けたので、同年十一月十二日にこれに対して不服の抗告審判を請求し、昭和三十一年抗告審判第二、四三五号として審理されたが、特許庁は、昭和三十三年七月十五日に、本件抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、その審決書謄本は同月二十九日に原告に送達された。

二、審決は意匠登録第一〇八、三五五号類似第二号の願書に添附された図面中の参考図に示された意匠を引用し、原告の出願意匠はこれと類似するから、新規性がないとして、原告の請求を斥けたものである。すなわち、その理由とするところは、

「意匠登録第一〇八、三五五号類似第二号の願書に添附された図面中の参考図に示された、車輛ブレーキ管及びハイドリツク用油圧管の意匠は、管の両端に接続金具(胴部の中央周囲に凹所を形成し、その凹所の面に間隔をおいて連続した筋線の模様を表わし、胴部の一方に六角状に突出した部分を設け、その先に中空の螺子を取附けたもの)を取附けたものである。そこで両意匠を比較するに、両者間には接続金員の胴部の凹所に表わされた連続模様において筋線の間が梯形状になつているか否かの点に差異が認められるが、連続模様の大体の構成においては大差がなく、また本願意匠は接続金具を銀色とし、黒色管の一端に近く黄色帯を表わしたものであるのに対し、引用のものはこれが表わされていない点に差異があるが、銀色の接続金具及び黒色の管は普通一般のもので特色がなく、また黄色帯は相当の長さの管の一端部の近くに、単に一本標識状に表わされたに過ぎないもので、意匠として特異性が少く、結局意匠を全体として比較観察するときは類似であることを免れないものと認める。従つて本願意匠は意匠法第三条第一項第一号に該当し、同法第一条に規定する登録要件を具えたものと認めることができない。」というにある。

三、右審決の認定は、次に主張する点において違法である。

(一)  本件意匠において新規な工夫がなされた点は、引用意匠のごとき公知の物品における、胴部に構成された単なる部分的な縦の突起の並列したもの(被告はこれを連続模様と主張する。)と異なり、梯形を相互に正逆の方向に倒置並列した連続模様を表わした点にあるのであつて、審決が意匠としての特異性を否定した、黒色管の一端に附した黄色帯の存在とか、接続金員の銀色であることなどは、原告は敢てこれを意匠の類否判断の基準として強く主張するものではない。

換言すれば、本訴における争点は、一にかゝつて、抗告審判において本願拒絶の理由として引用した前示意匠に表わされたもの、ことにその上下の接続金具に表わされたところの、審判理由にいわゆる「胴部の中央周囲に凹所を形成し、その凹所の面に間隔をおいて表わした連続した筋線の模様」と、本件意匠において、同様の凹所の面にきわめて接近させて表わした、梯形を相互に正逆にその方向を変えていわゆる倒置形状に近接連続させて形成した模様とが相類似するかどうかということ、すなわち被告の右引用意匠から原告の右出願意匠が当業者において容易に想到可能であるか否かということに尽きるにかゝわらず、審決は、この両者を比検すべき要点が奈辺にあるかの判断を誤まり、この種物品の通有的部分である接続金具の形状及び黒色管の点をのみ重視し、その誤断に影響されて前記のごとき最重要点における差異を軽視というよりはむしろ無視した結果、本件意匠をもつて引用意匠と類似のものと判断したものであつて、該判断は甚しく失当であるといわなくてはならない。

(二)  審決は、引用意匠の接続金具の胴部の凹所に表わされた模様をもつて、「筋線の連続模様」であるとの、誤まつた前提のもとに、本件意匠を目して、「接続金具の胴部の凹所に表わされた連続模様において、筋線の間が梯形状になつているか否かの点に差異が認められるが、連続模様の大体の構成においては大差がない」としているが、引用例図面に表わされたものは単なる数個の縦の筋線にしか過ぎないものであつて、これは管軸の方向に平行であり、決してそれがどの方向にでも現わされているものでもなく、いわんやそれが斜めに現わされてはおらず、更にその斜の筋線が、本件意匠におけように交互に規則的に、かつ方向を各々異にして、正逆の方向に連続して、特殊な模様を現わしているものでもないことは、きわめて明らかであるのである。のみならず、引用例意匠におけるこの縦の筋線は、接続金具の胴部凹所において広い間隔をおいて現わされているものであるから、連続模様というようなものではなく、審美感ある形象(模様)を保護の対象とする意匠と考えることのできない。型締の跡であるに過ぎないものである。これに反し、原告の本件意匠の重要部分であるこの点における特異な模様は、いわゆる筋線として表われた突起部分の相隣れるものが、相互に方向を異にするものであるのみならず、その筋線の間には梯形模様が相互に正逆の反対方向に表わされた連続倒置模様を形成し、きわめて美しい形象を表わしているものであるから、まさに意匠として保護に値する特殊な審美的模様であること、多言を要しないところである。

接続金具の胴部に現わされた単なる数本の縦の筋線によつて型付けされた引用意匠の物品をみたものが、これから、何らの工夫をも要しないで直ちに、該胴部に梯形を現わすこと、更に進んで、この梯形を交互に正逆の異なる方向に隣接させることにより美しい連続模様としての意匠を当該物品に現わすことを考え付き得るであろうか。これをもし、「連続模様の大体の構成においては大差がない」とした審決の判断は、常規を逸脱すること甚しいというのほかない。

(三)  審決は、本件の指定物品たる車輛ブレーキ管及びハイドリツク用油圧管においては何れも具有しなければならない通有的な形状及び色彩並びに管の黒色であることなどを比較して、本件意匠は引用例と類似であると判断しているが、それはこの種物品の意匠における対比点を誤解したもので、正当な判断ということができない。けだし、ある一定の既存公知の物品について意匠(模様)を施し、登録された物品が公知である場合において、それと同一の形状を有する物品について異なる新規な模様を現わした物品は、また別個の新規な模様の意匠の考案として登録せられるべきものであることは、もちろんであり、この場合の意匠の名称及び登録請求の範囲の記載においても亦「形状及び模様の結合」等と表示すべきものであり、その形状の同一又は類似であることは、後者の登録を拒否すべき理由とはなし得ないからである。

要するに、本件審決は、意匠の類否判定の基準について吾人日常の経験則を無視するの違法を敢てし、その結果陥つた誤解を前提として、原告の抗告審判請求を斥けた失当きわまるものであつて、とうてい取消を免れないものである。

(四)  なお、被告は、本件意匠の要旨は接続金具の胴部の括れた部分に表わされた連続模様にあるのではなくて、その全体の態様にある旨主張するが、本件指定物品において右模様を附した部分以外の点、すなわち接続金具の構造、外形ホースの部分等は、何れのこの種物品にも通有のものであるから、被告主張のごとくんば、本件物品のごときものについては、いかなる模様を附したものも結局意匠として保護され得ないことになり、被告庁従来の審査基準(例えば「スプーン」の意匠についての、三一審三二七、三二、一一、二八審決)とも明らかに矛盾する。

また、引用意匠の模様が方形であるということは、被告の単なる臆測に過ぎず、仮に右意匠の現物が本件意匠登録出願前に公知物として存在し、その現物の縦筋の部分が方形をなしていたとしても、方形と梯形とは同一又は類似ではなく、いわんや梯形を交互に正逆に倒置連続させて模様とした本件意匠の要部は、引用意匠における筋線の部分から容易に想到実施し得べきものではない。

原告が本件物品における接続金具の胴部に表わした前記梯形倒置にかゝる連続模様こそは顕著かつ格別の印象を与え得べきものであり、本件意匠を他の接続金員の模様から区別すべき要点である。そしてこゝに特に留意すべきは、引用意匠は意匠登録願書添附の図面中の参考図面に過ぎないものであつて、当該出願にかゝる意匠そのものではないことである。すなわち当該出願人は「接続金具」の部分のみについて意匠の登録を得ているのであつて、そのことは、接続金具とホースとが統合完成されたこの種高圧管の外形(形状)は公知公用のものであるが故にこそ、出願にあたり無理にホースを切断した接続金具の部分についてだけ、意匠の登録出願をしているのであるといわざるを得ない。しかし現時の確定的な学説並びに取扱の実情においては、分離しては独立して物品価値のない、ある物品の部分それ自体は意匠の対象とされ得ないとされており、本件意匠のごとく絶対に分離し得ない車輛ブレーキ管及びハイドリツク用油圧管(高圧管)における接続金具の意匠については、この高圧管全体の構造及び形状において、ことにその外形において対比すべき両者が同一又は酷似する場合といえども、当該意匠が表わされた特定の部分にして、独立の名称を有し、かつ主要な部分であり、その名称によつて直ちに不可分離的全体のうちから当該の部分を他の部分から識別することが可能である限り、その主要な部分に表わされた新規な意匠は、当該物品全体の外形が同一又は酷似する場合でも、その価値を否定すべきものではないといわなくてはならない。

第二答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張事実中、本件意匠登録出願から抗告審判の審決書謄本送達に至るまでの特許庁における手続に関する事実及び右審決の内容については、争わないが、右審決の判断が不当であるとして原告が主張する諸点については、これを争う。

二、(一) 原告は、まず、審決は本件出願意匠と引用意匠とを比較するについて、その要点を誤つた、と主張するが、本件意匠の要旨は「車輛ブレーキ管及びハイドリツク用油圧管」の形状、模様及び色彩の結合にあり、引用意匠との比較判断の終局は、その全体の態様を総合観察してこれをなすべきものである。原告は本件意匠の新規な工夫の要点は接続金具の胴部の括れた部分に表わされた連続模様にある旨主張するのであるが、その部分が本件意匠のたゞ一の要点であるとは考えられない。

(二) 次に、原告は、本件意匠における梯形を交互に正逆の異なる方向に隣接させた連続模様をもつて、これを指定物品に表わすことは、工夫を必要とし、直ちに考えつくものでないとし、審決がこれと引用意匠とを「連続模様の大体の構成においては大差がない」とした点を不当であると主張するが、両者は模様の性質上同種に属する連続模様と認められるものである。本件意匠は相互に方向を異にし、前後に稍彎曲した八本の斜状筋線を基本とし、その筋線の間が上下の区劃部と合して、正逆方向の梯形が連続した態様を表わしているものであり、これに対して、引用意匠は前後に稍彎曲した六本の縦筋線を表わし、その筋線の上下の間には本件意匠のような区劃部は図示されていないが、胴体と括れ部との境界の稜線との関係において、その筋線の間が方形をなすように構成されているものであつて両者の差異は筋線が斜状であるか縦状であるかの点に帰し、構成上同種の連続模様であつて、着想上も関連あるものといわなければならないのである。

(三) そして、本件意匠と引用意匠との比較は最終的には全体的総合判断によるべきものであることは、前に主張したとおりであつて、指定物品として具有すべき普通の部分でも、全体としての釣合、比例調和等において、一体として密接な関係がある以上、これを包含して判断すべきことは、意匠の性質上当然であるといわなくてはならない。たとい、原告の主張するように、公知の物品と同一形状の物品に対して異なる新規な模様を表わした場合、別個の新規な模様の考案として登録せらるべきことがあるとしても、その場合は模様の表わされている場所が物品の面の中で最も看者の注意をひく場所にあることが必要であり、またその模様自体に格別な特徴があつて、看者に別異な印象を与えるような顕著なものであることが必要である。ところが本件意匠の場合、その模様は接続金具の胴の一部である凹んだ括れ部に表わされたに過ぎないものであり、その模様も亦前記のように同意に属するものであつてみれば、従来公知の意匠との間に顕著な差異があるとは認めがたく、結局全体的総合観察において、両者は類似の範囲を出ないものと認められる。

以上の通りであつて、本件登録出願にかゝる意匠についての抗告審判の審決には何らの違法の点がないい。

第三証拠<省略>

理由

一、原告が、昭和三十年十一月十一日に、別紙図面に示す通りの「車輛ブレーキ管及びハイドリツク用油圧管の形状、模様及び色彩の結合」の意匠につき、第二〇類車輛ブレーキ管及びハイドリツク用油圧管を意匠を現わすべき物品として、意匠登録の出願(同年意匠登録願第一一、九八二号)をしたところ、昭和三十一年九月二十九日に拒絶査定を受けたので、同年十一月十二日に抗告審判を請求したが、(同年抗告審判第二、四三五号)、昭和三十三年七月十五日に、本件抗告審判の請求は成り立たない。旨の審決がされ、同月二十九日に該審決書の謄本が原告に送達されたこと、並びに右審決の理由は、原告主張のとおりのものであつて、要するに本件出願意匠は、これと意匠登録第一〇八、三五五号類似第二号の願書に添附された図面中の参考図に示された意匠とを全体として比較観察するときは、類似であることを免れず、従つて本願意匠は意匠法第三条第一項第一号に該当し、同法第一条に規定する登録要件を具えたものと認めることができない、というにあることは、当事者間に争がない。そして、右引用にかゝる意匠の図面は、別紙に引用参考図として示す通りのものであることは、成立に争のない乙第一号証に徴して明らかである。

二、そこで、前記当事者間に争のない本件出願意匠と前認定の引用意匠とを比較するのに、前者は車輛ブレーキ管及びハイドリツク用油圧管の接続金具の胴部凹所において、相互に方向を異にし、前後に稍彎曲した八本の斜状筋線を設け、その筋線の間が上下の区劃部と合して八箇の梯形を表わし、それが隣接して正逆の位置に連続配置された一種の連続模様を形成しているのに対し、後者は同種の物品のこれと同一場所に、前後に稍彎曲した細い筋線(その長さは本願意匠の梯形の高さと大差がないものと思われる。)を、単に縦方向に、かつその幅の数倍のほゞ等しい間隔をおいて、六本設けたものであるに過ぎない点において、両者の差異が存することが認められるが、この差異は一見して顕著なものであるから、両意匠は全体として類似の域を脱するものというのが相当である。けだし、本願意匠における八箇の梯形は交互に正逆の方向に隣接し、連続して表わされている点において看者の審美感に訴えるよう、意図して構成されている連続模様である。というべきであるが、これに反し引用意匠における六本の筋線は単に縦方向に表わされた細い隆起部であつて、被告はこれをしもその設けられた括れ部と胴体との稜線との関係において方形をなし、本願意匠と同種の連続模様を構成している、と主張し、これら六本の筋線は接続金具の括れた部分に存在するから、その上下において胴体との境界をなす稜線のあることは明らかであるが、該稜線と前記六本の縦筋線とは、看者に方形の模様の印象を与えるほど、統一した形象を構成してはいないものといわなくてはならず、いわんやそれが本願意匠の梯形模様に匹敵すべき連続模様であると認めることはできない。もちろん、被告の主張するように、右梯形の連続模様の存在する接続金具の胴部の括れ部分が本願意匠の唯一の要点であると認めることは妥当でないが、この部分は少なくとも本願意匠の要部を成すものというべく、そして特に意匠としての考案を施した要部において顕著な相違が存在するときは、全体として観察して別異の意匠とするに妨げあるものではない。これを本願意匠と引用意匠との関係についてみるのに、前に認定したような接続金具の胴部凹所における差異は、両意匠を全体として類似のものでないとするのに十分である。

三、本願意匠は出願前公知の引用意匠と類似するものであつて、登録要件を具えないものと認めた本件審決は意匠類否の判断を誤つたものであつて、とうてい取消を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 多田貞治 入山実)

(別紙)<省略>

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